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【過去の演奏会から】東京二期会《ルル》(新制作)(2022/11/6)


20世紀オペラの傑作にして問題作、アルバン・ベルク《ルル》東京二期会の新制作で上演されました!
2020年に上演が予定されていましたが、コロナの影響で延期しての開催。
コロナ感染の広がりや指揮者の来日が危ぶまれるなか、まずは本当によく幕を開いてくれたことをありがたく思いました。

指揮: マキシム・パスカル
演出: カロリーネ・グルーバー
装置: ロイ・スパーン
衣裳: メヒトヒルト・ザイペル
照明: 喜多村 貴
映像: 上田大樹
振付: 中村 蓉
演出助手:太田麻衣子

舞台監督: 村田健輔
公演監督: 佐々木典子

ルル:森谷真理
ゲシュヴィッツ伯爵令嬢:増田弥生
劇場の衣裳係、ギムナジウムの学生:郷家暁子
医事顧問:加賀清孝
画家:高野二郎
シェーン博士:加耒 徹
アルヴァ:前川健生
シゴルヒ:山下浩
猛獣使い、力業師:北川辰彦
公爵、従僕:高田正人
劇場支配人:畠山 茂
ロダンサー:中村 蓉

ルル役は森谷真理冨平安希子ダブルキャスト
私は8月31日の森谷ルルを鑑賞しました。
森谷氏は当年に二期会を退会し、今後のソロ活動の展開がますます期待されるソプラノ。
この難役を歌い、演じる切る様は見ごたえがありました。
指揮は、ザルツブルク音楽祭にも登場したフランスの俊英マキシム・パスカル
日本では2019年の黛敏郎金閣寺》を成功に導いたことで一躍注目を集めました。
隔離生活を終え、充実したリハーサルを終えて公演に臨んだようです。

オペラ《ルル》は、十二音技法で書かれたオペラ。
無調、十二音技法というと、恐怖や不安を煽り、象徴するような音楽に思えますが、
ベルク手にかかると見事にオペラとして成立します。
その音楽は充足感に満ち、オシャレですらあるのです。

1.アルバン・ベルクについて

(結構イケメンでしょう?)
アルバン・ベルクAlban Berg(1885-1935)は、19世紀末から20世紀のウィーンに生きた作曲家。
シェーンベルクウェーベルンとともに「新ウィーン楽派」と呼ばれる一派に数えられます。
彼らはシェーンベルクを中心に無調、十二音技法と音楽の新機軸を打ち出しますが、そのあまりにも前衛的な響きは聴衆を煽動し、度重なるスキャンダルを巻き起こします。
一方、彼らに続く作曲家たちには大きな影響を与えて、20世紀音楽の歴史を大きく動かしました。

私が思うに、ベルクは新ウィーン楽派のなかでも最もオペラの才を発揮した人物でしょう。
《ルル》の前には無調のオペラ《ヴォツェック》を完成させ、当時にして自動車を購入できるほどの成功を生み出しています。
おそらくその才能は、彼が幼いころからこよなく愛した文学とも関わっているのでしょう。
《ルル》も《ヴォツェック》も、ベルク自ら原作から台本を書き上げていますし、非常に多くの歌曲も残しています。
また、テクストが付いた音楽に留まらず、《ヴァイオリン協奏曲》や《抒情組曲》などの器楽作品では、愛人へのメッセージが隠されていたことが後の研究で明らかになっています。

ベルクの音楽的インスピレーションに、文学や物語は欠かせない存在だったのでしょう。
その私生活や音楽を聴いていても、没ロマン耽美という言葉がピッタリ。
(ちなみに青年時代には女中との私生児をもうけていたり、ギムナジウムの卒業試験に落ちて自殺を図るなど、なかなかに破天荒な行動を起こしています。)
イメージとしては、どっぷりとロマンに溺れ、終いには「あぁ、愛と死はひとつなのだ」とか言ってそう。
作品の数々は実に、劇的な要素に満ち、音楽は前衛的な手法を用いながら、ねっとり、濃厚なロマンが薫るのです。

2.ベルク《ルル》概要

《ルル》は、アルバン・ベルク(1885~1935)が残した最後のオペラ。
先ほども述べたとおり、音楽は「十二音技法」を用いて書かれています。
「十二音技法ってなんぞ?」というのを説明すると、それはまた一個別の記事になってしまうので、
ひとまずここでは20世紀の前衛的な音楽の作曲法とでもしておきましょう。
聴けば明らかに、我々が普段耳にするような音楽(調性音楽)とは違うのが分かると思います。

台本は、ベルク自身によるもの。
ドイツ表現主義の先駆者フランク・ヴェーデキントの戯曲『地霊』(1895年)と『パンドラの箱』(1904年)を原作にしています
ベルクは《ルル》を全3幕のオペラとして構想していましたが、3幕の途中までオーケストレーションを書いたところでこの世を去ってしまいました。
死の前年、ベルクは「ルル組曲」という5曲から成る演奏会用のダイジェスト版みたいな作品を作っていますが、2幕版で上演する場合、通常この組曲から最後の2曲を取って演奏されます。
今回の二期会オペラも、この2幕版で上演されました。

ちなみに、《ルル》はその後長いことベルク未亡人によって封印され未完となっていましたが、
ひそかに補筆の計画が進み、ウィーンの作曲家フリードリヒ・チェルハ(*1926 ※存命です)が約12年かけて補筆・完成させます。
これが通称「チェルハ版」。
初演は1979年、パリ・オペラ座ピエール・ブーレーズが指揮し、パトリス・シェローの演出によって行われ、大きな反響を呼びました。

前衛的だからと言って構えることなかれ、先ほど申し上げたとおり音楽はねっとり、濃厚なロマンが漂います。
ちなみにこの《ルル》は、新しいもの好きなベルクの趣味も垣間見え、アルト・サックスやドラムスといった楽器、幕間にはサイレント映画による劇が描かれます。
非常に現代的な手法が取り入れられたオペラだと思います。

詳しい音楽的な説明は省きますが、この幕間劇を境に、音楽も劇も鏡のように対置される構成となっています。
すなわち、物語と音楽が密接に結びつき、非常に手の込んだ作り方をしており、多層的なオペラとなっています。
また、前衛的な音楽の手法を用いながら、伝統的な響きや作劇法ともしっかりと手綱を保ち、オペラのエンターテイメント性も味わえる作品なのです。

3.公演レビュー

さて、色々と背景の説明が長くなってしまいました。
どうも《ルル》になると、その作品やベルク自体の面白さを述べずにはいられません。

今回、演出は非常にこの作品を読み込んで作られたものに思えました。
面白いのは、ルルを取り巻く男役が、誰もルルに触れない(触れることができない)のです。
演出上軽く触れる瞬間はありますが、他の演出をYouTubeなどで見ると分かりますが、ボディタッチなんてもんじゃないほどルルの魅力に取りつかれた男たちはルルを求めて触れるのです。
その辺りが、今回の演出では至ってドライに描かれています。
男たちが触れるのは、ルルのマネキン。
すなわち、男たちが求めるのは自らが描いたルル像だけなのです。
その像は蜃気楼のように触れたかと思えば再び離れてゆく。
そして、唯一ルルに触れるのは、ダンサーの「ルル」だけ。
ダンサーは、ルルの魂や無意識、あるいはルルの子どもの頃とも捉えられるでしょう。
ルルに触れるラストの瞬間、見事だと思いました。

指揮のマキシム・パスカルは、この音楽が持つ色鮮やかさを遺憾なく出してくれていました。
フランス系の指揮者が《ルル》を振ると、こんな風になるのか!と新たな発見がありましたね。
(全体的な印象ばかりで、もはや細部は記憶の底に埋まってしまいましたが。。。笑)

いつかまた、再演のときがあるでしょうか。
私にとっては結構好きなオペラなので、機会があればまた訪れたいと思います。